■ ささいな攻防戦
次は、入院生活の大部分を過ごすベッド周りについて。カーテンに囲まれたこのスペースは、患者さんにとって唯一の「自分空間」です。 カーテンを全開すればルームメイトが話しかけてきて、お互いの病状自慢が始まる一方で、中でお着替えをするときは閉めきって使います。そんな時はナースも気を使って、カーテンをノック(?)してくれます。このように状況に応じていろいろな使い方ができる変化する空間です。しかしながら、このカーテンというものが小心者の私にとっては、便利なようで実はなかなかの気を使う代物でもあります。誰が来ても、一日中朝から晩まで全開ヨロシクにすておくと、デリカシーのないオッサンのようだし・・・かといって、閉めっぱなしにしておいても、陰気な引きこもりになってしまいます。さりげなく(実は考えに考えた)絶妙な位置にセッティングしても、「今日は暑いねぇ」と掃除のおばちゃんが私の苦労を台無しにしてしまうこともしばしば・・・。
また、隣との「間仕切りカーテン決定権」はどっちに属しているのか?これにも悩まされます。隣の視線をさえぎるため、わずかにカーテンの位置を変えると、知らない間に元に戻っていたりして、
「お~こわっ」ってことになったり・・・。そんなささいな攻防が繰り広げられるのも、一日の大半をこのスペースで過ごす訳ですから、患者にとってはとっても大きな問題なんです。
■材料はひとり分です・・・
さてさて、最近の病院は昔と違って大部屋が4床室になってはいますが、そのあてがわれた広さをその定員で分かち合いながら暮らさなければなりません。ベッド周りは広ければ広いほど快適な感じがしますが、ところが私のような足が動かせない状態では、自由に動ける範囲が極端に狭くなってしまいます。ベッドの上からサイドテーブルの上に置かれたものを取ろうとすると、ほんのわずか数センチ離れているだけで手が届かない事もあります。ベッド横の収納はベッド側に扉が開くタイプだと扉が邪魔で中のモノが取れず、まったく使い物になりません。スペースが広すぎても、手が届かなければどうしようもないので、家具をベッド周辺に近づけて寝たままでも手が届くように配置をアレンジしたり、工夫して使わなければなりません
かといって、狭ければいいのか?もちろんそういうことでもありません。救急治療や急性期病棟の場合、ベッド周りにはいろいろな医療機器が据えられますし、整形病棟では車イスや歩行器を使う患者がほとんどなので、ベッドまで寄り付けるスペース、また車イスを暫定的に置いておくスペースも必要になります。
私が居るこの病室を実際に測定してみました。1ベッドあたりの広さ(カーテンに囲まれた部分)は縦2.4m横2.2mの広さ5.2㎡で、床頭台、テーブル、ロッカーの3点セットが据えられています。実際のところ、手が届かずに困ったこともありませんし、かつ、車イスも寄り付くことができるので、今の私の状態にはけっして狭からず広からず、つかず離れずのとてもここちよい距離感といえるかもしれません。
また中間通路は幅約1.4mと広めに取ってあり、ベッドの出し入れもスムーズにできているようです。さらに各病室とも廊下との間に、前室のような形で洗面台と様式トイレが併置されています。その空いたスペースに車イスや歩行器を仮置きできるようになっています。ここで、療養型病棟の1ベッドあたりの最小面積(6.4㎡)とこの病室とを比較してみます。病室部分だけの面積は、全体が約27㎡で1ベッドあたり6.7㎡、さらに前室部分を含めると全体で約31㎡となり1ベッドあたり7.7㎡となります。車イスを使う病棟では、ベッドに寄り付けること、仮置きのスペースを考慮すると、おおよそこの広さくらいが快適さの最低ラインなのかもしれません。療養病棟といえば一般的に広いという印象がありますが、実際の入院生活や治療状況を想定すると、ベッドあたり6.4㎡だけのスペースでは明らかに足りないという印象です。
■「ズレ」のここちよさ
限られたスペースの中で、できるだけ使いやすいようにベッド周りの家具レイアウトを計画する時に、一番のやっかい者が建物の「柱」です。病室の隅っこで、外壁側のコーナー部分はどうしても出っ張りで配置がイレギュラーになります。しかし、この病室にはその出っ張りが見当たりません。ほかの病室にも出張してみましたが、隣の病室もその隣も同じくコーナーがすっきりとして出っ張りがありません。柱がないわけはないのでなにか秘密があるはず・・と、病室全体を見渡すと、見つけました。通常、両コーナーにある柱型が、外壁側の壁の中心部分にしっかりと出っ張っていました。実は、病室の並びが柱の並びと半スパンずつ、ずらされて配置されてます。この部分はよく洗面台などが配置される場所なので、ここに柱があったとしても動線的にも問題はないようです。すべてのベッド周りに均一な使いやすいスペースが確保された、工夫された病院でした。