■ショゲないでよベイベー
車イス生活を余儀なくされた人にとって、まず降りかかってくる大問題というのは、やっぱり
「どうやって用をたすか?」ということではないでしょうか。
年期の入ったお家や掃除のしやすさが優先される所ではまだまだ和式の便器が使われていますが、足を踏ん張れない人にとっては、そこで用をたすのは到底無理な話です。一方で様式便器であっても、片足は伸ばしたままという私のような状態では、体勢を少し変えるのですら手すりが不可欠ですし、車イスのための広いスペースも必要です。おそらくこのような体の自由が利かない人に一番配慮されている場所といえばトイレ空間でしょう。施設系の建物では「福祉仕様トイレ」として各市町村でも条例で設置基準が定められていますし、近年バリアフリー法という新しい法律も制定されました。その中でもこの多目的トイレというのは、誰でもが使いやすいトイレとして、車イスやオストメイト、さらには乳幼児やお母様方にも配慮された特別な部屋なのです。
今回入院生活を送ることとなったこの病院も、このようなあらゆる人、あらゆる場面を想定した細かな設計がなされていますが、それでもソウテイガイな方々は当然いらっしゃるわけで、そうなってしまうと途端に使いにくいものになるのは仕方がないようです。
まず一般的な多目的トイレの場合約2m×2m以上のスペースの中に便器や洗面、手すりなどを配置し、残りのスペースで車イスの回転半径1.5mを確保するように考えられています。実際私の愛車「マツナガ君」の全長も1.5mなので、なんとか方向転換することは可能なのですが、私の場合はなかなか簡単に方向転換ができない、それはそれは大きな原因がありました。それは、単純に足をのばしている分だけ全長が長くなり、回転半径が大きくなっているためで、つま先までで全長1.8mにもなっていました。そうとは知らず、「多目的トイレだから広くてアンシン。」と余裕のよっちゃんで使った
「はじめてのおトイレ」
では、車イスに慣れていないせいもあり、用をたすまでに右往左往。そしてかなりヤバい状況の中、なんとか目的を果たすも、今度は伸ばした足が壁や手すりに当ってしまい、思うように向きを変える事ができず、再びヤバい状況に・・・・・。
「ひょっとして、ここから出られんかも・・。」と独りショゲかえっていたのですが、ここは大人ひとりでなんとかしなければいけません。この状況下で、
世界のモリスエ
に電話をしてもこのトラブルは解決してもらえそうにないので、気を落ち着けてまわりを見渡してみることにしました。すると意外にもこの危機を打破できそうなスキマたちがあるではないですか。
決して平面図上では見えてこない僅かな空間。洗面台の下の配管スペースやはねあげ手すり部分、便器と洗面台の隙間など、わずかなスペースを利用して何度も切り替えしながら、なんとかトイレからの脱出に成功したのでした。
■自分(のトイレ)探しの旅
これに限らず、車イス利用者にとってトイレ空間というのはまだまだ色々な障害があります。私が初めて車イスで利用したトイレは、なぜか違和感があってなかなかなじめませんでした。車イスから便器への乗り移りがどうしてもスムーズにできないのです。右足でしか立てない私の場合は、便器の(向かって)左側からはなかなか乗り移りが難しく、横移動だけでは乗り移れません。なんとか移れたとしても、今度はペーパーホルダーや洗浄ボタンが座って左側配置になり、手洗器も左側に身を乗り出して洗わなければならず、左足を動かせない私にとってはとても使いにくい状況でした。これはトイレに限らず、ベッド上でも同じ事でした。右側のものを取るのは簡単なのですが、左側は痛い足をかばってか動こうにも向きを変えることすらできません。
よく考えてみると、足というのは、移動するにしても体の向きを変えるにしても、あらゆる動作の中心を担っていて、使える足の方に重心を置かなければ思うように体全体を動かすことができません。つまり私のように左足が使えない場合は、反対側の右足を重心として、ひいては右半身全体を重心として作業をするのがとてもしやすいということになります。この結果、しばらくの間私は「右中心の生活」をする人になってしまいました。
病院に限らず、バリアフリーやユニバーサルデザインを掲げた施設には使いやすいように工夫されたものがたくさんあります。以前私が携わったものの中にも便器を斜め45°に配置したものや、1室の中に左右対称に2基の便器を配置したものもありました。この病院にもきっとどこかに使いやすいトイレがあるはず・・・・と、ヒデは「自分のトイレ探しの旅」に出かけることにしました。自分の病室から近い所がいいので、まずは、同じフロア内で愛車「マツナガ君」を走らせました。しばらくすると、詰め所横に車イスマークを発見。辿り着いたトイレのドアは、先程のとは左右逆向きに扉がついています。期待を膨らませつつその扉を開けてみると、
『まぁ、なんということでしょう!』
そこには期待通りに先程のものとはまるっきり左右対称に反転された景色が広がっているではありませんか。さっそく使ってみると、これぞ匠の技です。乗り移りも横移動のみで簡単、ボタン操作も右側でラクラク、手洗いも右からの寄りつきで、これはまさに私にとっての理想のトイレです。なんて使いやすいんでしょう。しかもこの場所は私の病室から最も近いところにあり、移動も苦になりません。誰でも使える多目的トイレではあるものの、こんな理想的なトイレは他にありません。
私はこの日から、このトイレを私専用の
”白いスイセンのシャー”
と呼ぶことに決めました。